ちょっと長くてすみません。 後編です。 ※前編から見てね!
Naoki.の部屋
もひとつたたくと びすけっとはみっつ たたいてみるたび びすけっとはふえる からからと気持ちの良い秋の風が遠くの方から吹き付け、ふわふわと暖かい日射しが差し込む出窓に座り込んで朔太郎は唄う。 唄う、という表現が正しいのか、僕は少し迷った。ハタから見たら、ありふれた猫が尻尾を左右に振りながら、時おりゴロゴロと喉を鳴らしているようにしか見えないだろうから。 まあ、でも確かに彼は唄っている。ちょっとけだるげに、でもわりと機嫌よさそうに。 「そんな歌、どこで覚えてきたの?」と僕は訊ねた。 彼はまず耳で返事をし、ひげをぴくぴくしながら次に首だけで僕の方に振り向いた。そして尻尾でリズムを取り続けながらニヤリ、と笑った。生意気な仕草だ。 「ぼくのおさんぽコースには小さな子どもたちがたくさんいるお家があります」と彼は言った。あなたは知らないだろうけど、と言いたそうだった。「昨日あそこでこのお歌を子どもたちが唄ってるのを聞いたのです!」 小さい子どものくせに小さい子どもて、と僕は思った。 朔太郎の言う通り散歩コースには幼稚園がある。その幼稚園の塀の上をとことこと渡り、黒猫を見つけて大騒ぎする園児たちを尻目にスターか何かにでもなったかのように手の届かない場所を悠々と闊歩しているのを見かけたことがある。 「びすけっとは知りませんでしたけど、ぽけっとは知ってます! あれもなかなかおいし……面白いですよね!」 「ああ、前にジャケットのポケットに顔突っ込んで、ボロボロにしてたもんね」 お気に入りのカナダグースのジャケットを、泣く泣くゴミ袋に突っ込んだ在りし日の恨みがよみがえってくる。 「そういうのはむずかしくて、何のことだかよくわかりません!」と朔太郎はえへん、という顔をした。 偉そうに……ガムテープでぐるぐる巻きにしてやろうかな、とこういう時に良く思う(やらないけど、多分)。毛という毛が禿げてしまった後は、禿げたところに黒マジックがちょうど良い。クリアするべきは動物愛護法だな、と思った(やらないけど、多分)。 「それにしても、ぽけっとってふしぎですね。たたいたら、なかのびすけっとが増えちゃうなんて!」 糸のように眼を細めながら、感に堪えたような顔で朔太郎はうっとりとしていた。 割れて数が増えるだけなんだよ、と言うのは簡単だけど、そんな陳腐な正論を振りかざしたところでまたはぐらかされるのが落ちだろう。そしてこの歌の作者にも失礼にあたる。作者が誰かは知らないけれど。 「あ!」と彼は言った。何か思いついたようだ。 「どうしたの?」と僕は儀礼的に訊いた。 「もしかすると、もしかするとですよ。ぼくがぽけっとに頭を突っ込んでたときに、そのときその上からぽけっとをたたいたら、ぼくも増えてしまうのでしょうか?」 朔太郎は僕を見ながらわくわくしていた。わくわくされても困る。ふむ、まあでも着眼点は悪くない。しかし、残念ながら僕の(捨ててしまった)ジャケットのポケットは、成猫が丸ごと入れるほど大きくはない。子猫だって難しいだろう(試してはみたい)。 いや、待てよ。頭を突っ込んでる時に叩いたら、頭だけ2つに……え? ……あたま、だ、け? こ……怖い! 怖いというか気持ち悪い! 自分の想像に鳥肌が立ってしまった。結果を見たくないシュレディンガーの猫ポケットとでもいうべきか。量子学レベルの領域だ。双頭の猫だなんて、とんだパラドックスである。それでも確率はフィフティフィフティなのだろうか……。 愚かな妄想から脳を切り替えて、不思議そうにこちらを見ている彼の方に向き直り、僕はこほん、と咳払いをした。 「増えなくてもいい。朔ちゃんはひとりだけで十分だよ」 野暮なコメントは不要。僕は黒猫に笑いかける。 しばらくじいっと僕の顔を覗き込んでいた朔太郎は、やがてふふんっと鼻息を吐いて、高慢な顔つきのまま顔をそらした。ひげの張り具合もさっきより勢いを増しているように見えた。 「こんなせまいお部屋にこれ以上ねこが増えたら困りますよね! ひなたぼっこの場所がなくなっちゃうし、ぼくのごはんも減ってしまいますし!」 出窓に差し込む日差しは眩しすぎることもなく、柔らかな光と熱で丸くなった朔太郎の背中を包み込んでいた。そして相変わらずミシェルは目を閉じている。 朔太郎は窓の外を眺めながら、また喉を鳴らしはじめる。飽きることはないようだった。 そんなふしぎな ぽけっとがほしい そんなふしぎな ぽけっとがほしい 神様、どうか朔太郎の願いが聞き届けられませんように。 「……いい加減うるさいわね」とミシェルは言った。
@Naoki. さん お久しぶりです! 短編楽しみにしてました♪新シリーズ良かったです(^^)
ちょっと長くてすみません。 後編です。 ※前編から見てね!
もひとつたたくと びすけっとはみっつ たたいてみるたび びすけっとはふえる からからと気持ちの良い秋の風が遠くの方から吹き付け、ふわふわと暖かい日射しが差し込む出窓に座り込んで朔太郎は唄う。 唄う、という表現が正しいのか、僕は少し迷った。ハタから見たら、ありふれた猫が尻尾を左右に振りながら、時おりゴロゴロと喉を鳴らしているようにしか見えないだろうから。 まあ、でも確かに彼は唄っている。ちょっとけだるげに、でもわりと機嫌よさそうに。 「そんな歌、どこで覚えてきたの?」と僕は訊ねた。 彼はまず耳で返事をし、ひげをぴくぴくしながら次に首だけで僕の方に振り向いた。そして尻尾でリズムを取り続けながらニヤリ、と笑った。生意気な仕草だ。 「ぼくのおさんぽコースには小さな子どもたちがたくさんいるお家があります」と彼は言った。あなたは知らないだろうけど、と言いたそうだった。「昨日あそこでこのお歌を子どもたちが唄ってるのを聞いたのです!」 小さい子どものくせに小さい子どもて、と僕は思った。 朔太郎の言う通り散歩コースには幼稚園がある。その幼稚園の塀の上をとことこと渡り、黒猫を見つけて大騒ぎする園児たちを尻目にスターか何かにでもなったかのように手の届かない場所を悠々と闊歩しているのを見かけたことがある。 「びすけっとは知りませんでしたけど、ぽけっとは知ってます! あれもなかなかおいし……面白いですよね!」 「ああ、前にジャケットのポケットに顔突っ込んで、ボロボロにしてたもんね」 お気に入りのカナダグースのジャケットを、泣く泣くゴミ袋に突っ込んだ在りし日の恨みがよみがえってくる。 「そういうのはむずかしくて、何のことだかよくわかりません!」と朔太郎はえへん、という顔をした。 偉そうに……ガムテープでぐるぐる巻きにしてやろうかな、とこういう時に良く思う(やらないけど、多分)。毛という毛が禿げてしまった後は、禿げたところに黒マジックがちょうど良い。クリアするべきは動物愛護法だな、と思った(やらないけど、多分)。 「それにしても、ぽけっとってふしぎですね。たたいたら、なかのびすけっとが増えちゃうなんて!」 糸のように眼を細めながら、感に堪えたような顔で朔太郎はうっとりとしていた。 割れて数が増えるだけなんだよ、と言うのは簡単だけど、そんな陳腐な正論を振りかざしたところでまたはぐらかされるのが落ちだろう。そしてこの歌の作者にも失礼にあたる。作者が誰かは知らないけれど。 「あ!」と彼は言った。何か思いついたようだ。 「どうしたの?」と僕は儀礼的に訊いた。 「もしかすると、もしかするとですよ。ぼくがぽけっとに頭を突っ込んでたときに、そのときその上からぽけっとをたたいたら、ぼくも増えてしまうのでしょうか?」 朔太郎は僕を見ながらわくわくしていた。わくわくされても困る。ふむ、まあでも着眼点は悪くない。しかし、残念ながら僕の(捨ててしまった)ジャケットのポケットは、成猫が丸ごと入れるほど大きくはない。子猫だって難しいだろう(試してはみたい)。 いや、待てよ。頭を突っ込んでる時に叩いたら、頭だけ2つに……え? ……あたま、だ、け? こ……怖い! 怖いというか気持ち悪い! 自分の想像に鳥肌が立ってしまった。結果を見たくないシュレディンガーの猫ポケットとでもいうべきか。量子学レベルの領域だ。双頭の猫だなんて、とんだパラドックスである。それでも確率はフィフティフィフティなのだろうか……。 愚かな妄想から脳を切り替えて、不思議そうにこちらを見ている彼の方に向き直り、僕はこほん、と咳払いをした。 「増えなくてもいい。朔ちゃんはひとりだけで十分だよ」 野暮なコメントは不要。僕は黒猫に笑いかける。 しばらくじいっと僕の顔を覗き込んでいた朔太郎は、やがてふふんっと鼻息を吐いて、高慢な顔つきのまま顔をそらした。ひげの張り具合もさっきより勢いを増しているように見えた。 「こんなせまいお部屋にこれ以上ねこが増えたら困りますよね! ひなたぼっこの場所がなくなっちゃうし、ぼくのごはんも減ってしまいますし!」 出窓に差し込む日差しは眩しすぎることもなく、柔らかな光と熱で丸くなった朔太郎の背中を包み込んでいた。そして相変わらずミシェルは目を閉じている。 朔太郎は窓の外を眺めながら、また喉を鳴らしはじめる。飽きることはないようだった。 そんなふしぎな ぽけっとがほしい そんなふしぎな ぽけっとがほしい 神様、どうか朔太郎の願いが聞き届けられませんように。 「……いい加減うるさいわね」とミシェルは言った。
@Naoki. さん お久しぶりです! 短編楽しみにしてました♪新シリーズ良かったです(^^)