「睡魔じゃないみたいだから帰ってくれないかな?」と僕は言った。彼は少ししおらしくなり「バレちゃったみたいだね、怒らせるつもりはなかったんだ」と言った。「まあ別に怒ってるわけではないけど、君は誰で一体何なんだい?」と僕は訊ねた。「僕は……だよ」「え?」「……だよ、知ってるだろ?」「悪いけど聞こえないからもう一度言ってくれないかな?」何かテープの早回しのような音がするだけで大事なところが聞こえない。しかし彼は僕の問いにはもう答えなかった。「今日は帰らなくちゃ、また会おう、コーヒーごちそうさま」そう言って彼は玄関から帰って行った。もちろんすぐに追いかけたが、マンションの廊下にはすでに誰もおらず、気配すら残っていなかった。「そうだ…あの玉で」と思い出し、部屋に戻り例の玉を探した。テーブルやキッチンマットの下、冷蔵庫や棚の下なんかも探した。朔太郎にも聞いてみたが、僕知りません、としか言わなかった。何処にも無い。困った。いや大して困らないか、彼は「また会おう」と言っていたしな。僕はすっかり冷めてしまったコーヒーを温め直し、ドーナツをひとつかじった。
「睡魔じゃないみたいだから帰ってくれないかな?」と僕は言った。彼は少ししおらしくなり「バレちゃったみたいだね、怒らせるつもりはなかったんだ」と言った。「まあ別に怒ってるわけではないけど、君は誰で一体何なんだい?」と僕は訊ねた。「僕は……だよ」「え?」「……だよ、知ってるだろ?」「悪いけど聞こえないからもう一度言ってくれないかな?」何かテープの早回しのような音がするだけで大事なところが聞こえない。しかし彼は僕の問いにはもう答えなかった。「今日は帰らなくちゃ、また会おう、コーヒーごちそうさま」そう言って彼は玄関から帰って行った。もちろんすぐに追いかけたが、マンションの廊下にはすでに誰もおらず、気配すら残っていなかった。「そうだ…あの玉で」と思い出し、部屋に戻り例の玉を探した。テーブルやキッチンマットの下、冷蔵庫や棚の下なんかも探した。朔太郎にも聞いてみたが、僕知りません、としか言わなかった。何処にも無い。困った。いや大して困らないか、彼は「また会おう」と言っていたしな。僕はすっかり冷めてしまったコーヒーを温め直し、ドーナツをひとつかじった。