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ToReTaRi
先日…太郎の卒業式がありました卒業式当日はまだ進学先も決まっていなくて(合否結果待ち) 正直とても複雑な心情での卒業式でした…ここからは独り言…というか私が書き留めておきたいだけなのでスルーしちゃってくださいね💦💦実は中1の2学期途中からあることをきっかけに不登校になった太郎…まあそのことは原因というよりキッカケに過ぎなかったかもしれません以前にも色々書いていますが…太郎には吃音があり人とのコミュニケーションに少し難がありますそれだけでは無く小さい頃から歩き出すのも喋り出すのも遅くとても成長がゆっくりな子で幼稚園の頃は『幼稚園楽しかった?』と訊いても何も話してくれない子でお友達とも仲良く出来ているのか分からずに不安でした小1に上がる頃には徐々に吃音が現れるようになり勉強面では時計の理解がなかなか出来ず学習障害かも?と感じることもありました小2の始め頃担任の先生に『道徳の授業が成り立っていません』と言われた事をキッカケに幼少からの私自身が感じていたモヤモヤをお話した所WISC検査を勧められました当時は少しショックで受け入れられないこともあり『先生が2年生の1年間を通して やっぱり心配だと思われたら WISC検査を受けることにします』と伝えました3学期に改めて尋ねると『1年間よく頑張られました👏 大丈夫だと思いますよ』と笑顔で言っていただきホッとしたことを覚えています吃音も一時期は治った??と思うほど出なくなった頃もあったのですが…学年が上がるにつれ徐々に酷くなっていき…でも周りの私達が気にしていると本人はもっと気になってしまうのでは?と敢えて触れずに普段通り接していましたその後コロナ禍になり登校出来ず家での生活が続くと吃音が更に悪化していきましたあまりの酷さに本人の口から『僕は病気なの?』と言われてしまったのです…私はなんて事を言わせてしまったのだろう😢と今である意味放置していたことをとても後悔しましたでもいきなり病院に行くのはどうなんだろう?と思いまずはスクールカウンセラーに相談してみようとなりましたそして一度WISCの検査を受けてみては?ということになったのです4年生の夏、検査を受け…結果は…『日常生活に支障を来すのであれば 自閉症ですが、そうでなければ 個性的な子供です』と何ともハッキリしない回答をされました私的には病院で検査を受け吃音の相談が出来ると思っていたのに吃音に関しても『言葉の出始めもゆっくりだった分 他の子より練習する時間が 短めだっただけでこれからもっと 話せるようになる これからの時代は話せなくても スマホやパソコンで コミュニケーションがとれるから 大丈夫』と言われてしまい親子共々ガッカリしたのを覚えています当時は病院でハッキリとした診断結果が出る物と思っていましたがそうでは無かったのでこれは良かったのか?とも思いましたがそれは逆に頼る場所が無いというか支援を受ける理由もなくなるわけで…でも本人は生活していくうえで確実に困っているというか生きにくいのは確かだったと思うのですでも診断名が付かないことにはこちらから配慮してもらいたいと要求しても良いものか?と悩んだりもしました…そんなことなど過去からの太郎に対する私の思いなどをカウンセラーの先生に話していると涙が止まらず私自身の問題の方が大きいのかもしれないと気が付きました…(当時の詳しい思いは⤵️)https://roomclip.jp/photo/oEBL?utm_campaign=app_sns_share&utm_medium=socialカウンセラーの先生には『良く頑張って生きてこられましたね 旦那さん奥さんが命を絶たずに こうやって生きてこられたのは ある意味奇跡ですよ』と同席していた夫に伝えてくれたことで私の感情と涙が決壊してしまいました(でも夫はあまりピンと来ていない感じでしたが…😅)夫は私と真逆の性格なので私の思考が殆ど理解出来ない夫に日頃から分かってもらえないと憤りを感じていた私は第三者の立場であるカウンセラーの先生から夫に働きかけてもらえただけでとても救われた気持ちになったのですそこからは息子の相談というよりはほぼ私の為のカウンセリング状態だったと思いますがお陰で私の精神状態が安定していきました(相変わらず自己肯定は低めですが💧)そんな中、太郎が小学校を卒業し太郎の中にも『変わりたい!』という思いが強くなっていったのだと思います中学に入った彼は運動が苦手にも関わらず運動部に入ったり…人とのコミュニケーションが大の苦手なのに(吃音障害で人と関わる事を極端に避ける傾向がある)自ら評議員に立候補したのですとても驚いたのですが意欲的な彼に太郎も必死に変わろうとしてるんだな…と嬉しく思いましたしかし夏休みの終わりに学校からある生徒達の行為による謝罪の連絡が入ったのです私は学校からの電話だったので太郎にも聞こえる様に敢えてスピーカーにして取りました内容を聞いていくうちにしまった💦💦と思いましたが太郎に聞かせたく無い内容でも途中からスピーカーを切替えるのは不自然だし仕方が無くそのまま聞いていましたただでさえも夏休み明けというのは気を遣う時期なのによりによってこんな時期に😫💦と思いました何故ならば…内容的に何も知らなければというかこの電話さえ無ければ知る由もないことだったのでそのまま何事も無く過ごせたわけですでも知ってしまったからにはその子達の事が気になるだろうし自分はその子達からどういう風に見られているのか?など嫌でも気になってしまうと思うのです2学期から登校を行き渋るかもしれないと頭をよぎりましたが本人は通常通り出掛けたので内心ホッとしたのを覚えていますしかし徐々にしんどそうな感じが現れてきて私から『辛いなら無理しなくていいんだよ 休みたかったら 休んだって構わないよ』と声を掛けてしまいましたそこから不登校の日々が始まったのです不登校になってしまったことは少し残念ではあったのですが変わりたいと思う余り色々詰め込み過ぎて明らかにキャパオーバーだったので結果的には良かったと思いましたでもまさかそこから1年以上も不登校が続くとはつゆにも思いませんでした…途中流石に勉強面でも不安になりオンラインで授業に参加出来ないか?と掛け合うと快く対応していただけたり定期テストだけは受けに行ったりしました不登校中は新たな心療内科に通ったりスイミングも通い切って卒業したり塾は何とか続けながら中2が終わろうとしていましたこのままでは高校進学は難しいかも…と相談したところ中2までの内申は関係なく中3から登校出来ればまだ何とかなりますよと言われ太郎と話し合った結果進学希望の太郎は登校する道を選びましたそこからは毎日何とか通って最初はくじけそうになり心配しましたが…志望校が決まってからは本当に頑張ったと思いますでも途中ギリギリで志望校が変わり元々の志望校も倍率が高かったのに更に高い所に変更したので必死に頑張ったのですが力及ばず不合格となりました受験は勉強だけでなく面接や実技もあったので精神的にも辛かったと思うのですがそこで心折れることなく太郎が粘り強く頑張った結果最終的に当初の志望校に合格することが出来ました🙌正直かなり厳しいと思っていたので本当に本当に嬉しく本人より先に私の方が泣いてしまったぐらいです💦こんな事もあり合否待ち状態での卒業式はとても複雑な心境だったのです小さい頃の太郎は同世代の子達とのコミュニケーションが上手く取れない為大人とばかり話そうとする子でした(大人の方が辛抱強く 話に付き合ってくれたり 上手く伝えられなくても 気持ちを汲み取ってくれる為)なので授業参観などで学校生活を垣間見るたび太郎はいつもポツンとひとりぼっちでいてそれを見ている私はいつも胸が押し潰されるような気持ちでしたひとりで居ることが好きなタイプなら気にしなかったのですが太郎は人と接するのが好きで友達が欲しいはずなのに…そんな寂しそうな姿を見るのはとても辛い日々でしたでも中3の1年間で始めの頃はなかなか馴染めなかったようですが積極的に関わろうとする中でクラスメイトにも恵まれ人生で初めて個人的に遊びに行く友達が出来たのです🙌太郎の卒業式では進学先のことで落ち着かない状態ではありましたが心の中では…色々あったけどこうやって無事にみんなと卒業式を迎えることが出来て本当に良かったね✨と思っていたら…突然卒業生全員での合唱が始まり【YELL】(いきものがかり)太郎から何も聞かされていなかった分泣けて泣けて…😢涙腺が崩壊していました💦小学校の卒業式の時は終わってからみんなが友達同士写真を撮っている中太郎は誰とも交流せずひっそり家族だけで写真を撮り帰宅しましたでも中学の卒業式では太郎自ら色んな友達に声を掛け笑顔で写真を撮り合う姿が見られて本当に嬉しかったです✨太郎が進学する高校ではクラスの殆どが女子という環境になり今までとはガラッと生活も変わってしまいます本人もかなり不安ではあると思いますが…様々な困難の中自分が決めた進路最後まで挫けず勝ち取った進学先なので太郎らしく目標に向かって人生を謳歌して欲しいなと願うばかりですこんな長い長い独り言に最後までお付き合いいただきましてありがとうございました😌

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