まあ、そういうことですね。
「実のところですね」と彼(猫)は言った。嫌な予感がした。彼が“実は”という出だしで会話を始める際は基本的にどうでも良過ぎる話(空が青いのはどうかと思います、とか)のためあまり聞きたくはなかったが、相手の話をきちんと傾聴しその背景に含まれる思いをなるべく汲み取りつつ、その気持ちを最大限尊重することが共同生活ではとても大切なことである、と何処かの誰かが言っていたし(何処かの誰かが言っていなくても僕自信そう思っているので)僕は簡単に頷きじっと彼を見つめ話の続きを待った。ここで話を流すことはもちろん簡単な作業ではある。カリカリのふた粒ほど目の前に並べるだけでそれは叶うだろう。しかしそんなことをしてもまたいつか同じ話題になる。まあ恐らくは子ども相談室レベルの話だろう。ただ、もしかしたら僕の不在時に宅配業者を追い返した、等のとても大事な話が持ち上がらないとは限らないのだ。その懸念がある限りここは大人しく話を聞くしかないのである。 「実はですね」 「うん」。ドキドキ。 「実は、熱いのが苦手な人のことを“猫舌!”って世間では言ってますけど、ぼくたちは舌ではなくて“鼻”で温度を確認してるのです!」 ……う、うん。どうしよう。反応の仕方がわからない。確かに初耳な情報だ。しかし、ふうん、とか、ほほう、とかのレベルだ。感嘆の声が思わず出た、というレベルには達しない。いや、ここでこそ傾聴能力が問われるのかもしれない。頑張って! と僕は自分に言った。 「え、ええ!? うっそ〜? そ、そうなんだ! 全然知らなかったなあ。まじかあ。鼻でかあ。ちょいと工夫すれば熱いスープ飲み放題ということか!」と僕は言った。とても良い演技だ。助演男優賞か何かだ。 「へへ〜、知らなかったでしょ!」。彼はかなり得意気だ。 「うん、凄いなあ朔ちゃんは! ってことはやっぱりミシェルもそうなの?!」と僕は彼女(猫)に訊いた。 「大声出さないでもらえる? 世界中に聞こえるわ」と彼女(猫)は言った。
まあ、そういうことですね。
「実のところですね」と彼(猫)は言った。嫌な予感がした。彼が“実は”という出だしで会話を始める際は基本的にどうでも良過ぎる話(空が青いのはどうかと思います、とか)のためあまり聞きたくはなかったが、相手の話をきちんと傾聴しその背景に含まれる思いをなるべく汲み取りつつ、その気持ちを最大限尊重することが共同生活ではとても大切なことである、と何処かの誰かが言っていたし(何処かの誰かが言っていなくても僕自信そう思っているので)僕は簡単に頷きじっと彼を見つめ話の続きを待った。ここで話を流すことはもちろん簡単な作業ではある。カリカリのふた粒ほど目の前に並べるだけでそれは叶うだろう。しかしそんなことをしてもまたいつか同じ話題になる。まあ恐らくは子ども相談室レベルの話だろう。ただ、もしかしたら僕の不在時に宅配業者を追い返した、等のとても大事な話が持ち上がらないとは限らないのだ。その懸念がある限りここは大人しく話を聞くしかないのである。 「実はですね」 「うん」。ドキドキ。 「実は、熱いのが苦手な人のことを“猫舌!”って世間では言ってますけど、ぼくたちは舌ではなくて“鼻”で温度を確認してるのです!」 ……う、うん。どうしよう。反応の仕方がわからない。確かに初耳な情報だ。しかし、ふうん、とか、ほほう、とかのレベルだ。感嘆の声が思わず出た、というレベルには達しない。いや、ここでこそ傾聴能力が問われるのかもしれない。頑張って! と僕は自分に言った。 「え、ええ!? うっそ〜? そ、そうなんだ! 全然知らなかったなあ。まじかあ。鼻でかあ。ちょいと工夫すれば熱いスープ飲み放題ということか!」と僕は言った。とても良い演技だ。助演男優賞か何かだ。 「へへ〜、知らなかったでしょ!」。彼はかなり得意気だ。 「うん、凄いなあ朔ちゃんは! ってことはやっぱりミシェルもそうなの?!」と僕は彼女(猫)に訊いた。 「大声出さないでもらえる? 世界中に聞こえるわ」と彼女(猫)は言った。