張り子の虎のルーツに関してはいろんな説があるようですが、桃山時代から作られていたようです。 京都、大阪で多量に出る反古紙が原料だと言われています。信貴山の伝承では、寅の年、寅の日、寅の刻に四天王の一である毘沙門天が聖徳太子の前に現れ、その加護によって物部氏に勝利したことから、594年(推古2年)に毘沙門天を祀る寺院を創建し、「信ずべき貴ぶべき山(信貴山)」と名付けたとする。また寺の至る所に虎の張り子が置かれているのは、その逸話に由来している。また大阪では、道修町、少彦名神社の厄除けとして配られ広まったようです。