商品説明 ■凍天(しみてん)■ 原材料:水稲もち米(国産)上新粉、小麦粉(特定原材料に準ずるもの)ヨモギ、砂糖、油脂、食塩、卵、乳を含む 量目:1個あたり90g ● 一つ一つ手作り、出来立て急速冷凍配送 全て手作りの為、多少の誤差がある為に90〜という表示にさせて頂いております。その凍天が1箱に10個入って1セットとなります。出来立てを急速冷凍しお届け致します。 1個約90g〜110g 横幅約6cm、幅約5cm、高さ約5cm、(1個当たり) ●お召し上がり方 こちらの商品は、電子レンジでの加熱解凍となります。 ■保存方法■ 商品到着後は冷凍庫にて保存してください。まわりはドーナツのような衣で、中にはヨモギのお餅「凍もち」が入った、和洋折衷な揚げ餅菓子。ドーナツ生地の部分はほんのり優しい甘さ。中の凍もちはモッチモチ。一口で、ふんわりもっちり〜が楽しめます。味に派手さはないですが、なんとなく忘れられなくなるこの凍天は、小さなお子様からご年配の方まで幅広くご支持いただいております。ぜひ一度ご賞味くださいませ。 凍天の中のお餅「凍もち」について 凍天(しみてん)が生まれた話をするととても長い事になるのですが、ご興味のある方は是非お付き合い下さいませ。そこは気にならないという方は、ページをスクロールしてご購入をお願いいたします。 木幡家は元々農家 木乃幡創業者の木幡家は昔は専業農家でした。ですので、稲刈りが終わった10月末から暮れにかけて、出荷しないようなお米などを使って自分の自宅の食料として、よく切もちや凍もちを作っていました。 福島名産「凍もち」 凍もちとは、冬場、いわゆる農閑期に当地方では江戸時代より 作り伝えられて来た、伝統食品。ヨモギや、ごぼうの葉をお餅に搗き込み、草餅作ったらそれを、福島の山から吹き降ろす厳寒の寒風で冷凍乾燥させた、今で言うお餅のフリーズドライした保存食品なんです。 凍もちってこんなお餅 この凍もちは5年以上保管した物でも、ちゃんと乾燥されていれば保存できた優秀な保存食品です。その凍もちを水に一晩浸して戻して、それを焼くと、普通のお餅のようになるんですが、一旦フリーズドライしたお餅は、焼いた後も長時間柔らかさを持続するという特徴がありました。その為、畑仕事の合間「こびる(おやつの時間)」によく食べた物だそうです。 凍天誕生秘話その1:きっかけ。 木幡家で1961年より、この凍もちを製造し販売を始めたのが、もち処木乃幡の前身「コワタ食品」の始まりでした。1980年頃から、地元の「あやめ園」内に露店の団子屋さんを始めました。その時は凍もちを焼いて、砂糖醤油を絡めたお餅や、磯辺焼きにした凍もち。そして餅屋の作ったお団子、あんこ団子やずんだの団子。それと、ゆでたてのトウモロコシ販売に、ガスコンロを入れたので、かけうどんの販売など、一般的な露店販売を行っていました。そのお店は、木幡家の母(現在の専務)が切り盛りをしていたのですが、ある日、お客様に「おたく餅屋なんだから、切もちを素揚げしてうどんに乗せてほしいんだよなぁ」と言われたそうです。そこで母は卓上フライヤーを入れました。素揚げした力もちうどんは大好評だったそうですが、せっかくフライヤーを導入したので、揚げ物の商品が作れないかと普段から考えていたそうです。 凍天誕生秘話その2:わがままな息子 凍天が誕生するには、もう一つ、店長の私、木幡吉成(こわたよしなり)の幼少期の食生活にあります。私は幼少期、肉、魚、野菜、ご飯などなど、ほとんどの料理が嫌いで、ほとんど食べないというとても食の細い、食に対してワガママな子だったのです。ガリガリに痩せていて、体重も同年代の子達と比べてほぼ半分。母親の心配の種だった事間違いなしですね。その中でも唯一食べたのが「ホットケーキ」や、うどん粉に卵と砂糖を入れて焼いた物だったのです。その為に、母親やばあちゃんがホットケーキに「さんま」やもらい物の「ハム」、野菜類は勿論、「ご飯」なんかが入っていた事がありますね。ご飯ホットケーキは好きでしたよ。また、木幡家は元々凍もちを製造していました。その製造過程で製品化できない凍もちの端っこが出来るんです。その端っこを刻んでホットケーキに入れて食べていたんですが、私はこれで育ったんだなと、今振り返っても思い出されます。そんな偏食の幼少期を過ごした私の家には常にホットケーキミックス粉がありました。 凍天誕生秘話その3:凍もちの天ぷらの誕生 この事から、あやめ園で新しい揚げ物製品を考えていた母親は、すぐに「凍もちの天ぷら」にたどり着きました。この凍もちの天ぷらは大ヒット。500円の入園料を払わないとコワタ食品の団子茶屋にはたどり着けないのですが、この凍天を買う為だけに入園して来たお客様で行列が出来、週末は勿論の事、平日も1日1,000個以上売れたのです。当時、地元のテレビ局でも取り上げられこの時から徐々に凍もちの天ぷらは地元に知られるようになってきました。しかし、このあやめ園はGW後から夏休み明けまでのあやめの見頃の時期限定、夏季限定だった為に、この凍もちの天ぷらを売る露店も夏季限定となっていました。 凍天誕生秘話その4:凍天を販売する為の木乃幡 それから時は流れ、1991年の頃、第1次平成不況つまりバブルが崩壊し、切もち凍もちの製造卸会社であったコワタ食品へも暗く深い影を落とし始めました。特に卸業者はとても厳しい状況となり、そのしわ寄せは我々製造メーカーへ向けられました。その為にコワタ食品の社長、木幡喜久雄(こわたきくお)は、「自分で作った物は自分で責任を持って売る」という考えに転換、自店舗を持つ事を決意しました。しかし、そもそもメーカーが店舗を持つこと自体当時は考えられませんでしたし、何を売っていいのかすら分からないでいました。悩みの時期が数年過ぎて行きました。またその頃、有名な大手せんべい屋さんを立て直したという宇都宮の包装資材会社の社長様と出会うきっかけが有り、我々の悩みを打ち明けました。そうした所、弊社の凍もちの天ぷらに目を付け「この凍もちの天ぷらを売る為のお店を作りましょう」という一言から凍もちの天ぷらを看板商品とした餅の専門店「もち処木乃幡」が誕生しました。木乃幡の名付け親は勿論この包装資材会社の社長様です。そして、凍もちの天ぷらは、名前が長ったらしいので私が勝手に短縮して「凍天(しみてん)」と呼んでいました所、それの語呂が良いと商品名は「凍天」に決まった訳なんです。これがしみてんの誕生なんですね。そして1996年に木乃幡第1号店の「原町店」がオープン致しました。 最後にご確認です。 商品説明にありました通り、この凍天は店頭で揚げたて販売が基本となっております。出来ますならば、お客様皆様には、お店にお越し頂き、揚げ立ての凍天をご賞味頂きたいのです。ですので、お近くにお越しの際には是非とも弊社の店舗へ足をお運び頂きますようお願い致します。 そうは言っても、行けないから通販するんですというお客様、誠にありがとうございます。通販の製品は揚げたてを急速冷凍して鮮度を落とさないよう努力はしておりますが、一度冷凍した揚げ物は出来立ての商品に比べ少々油っこさを感じてしまいます。また、揚げたての様なカリカリサクサク感は薄れてしまいますので、ご了承下さいませ。 この10個セット商品は別途送料が加算されます。