発車のベルと同時に彼が現れ、やあ、と声を掛けてきた。それに対し僕も、やあ、と返す。彼はボタンダウンのシャツにキチンとネクタイを締め、黒いベストにグレイのパンツというどちらもウールのような素材の格好で、僕の横に腰を下ろしていた。そういえば彼の服装をまともに見たのは初めてかもしれない。僕はこの前どうだったかな、と思い出そうとしたが、暗いモヤがかかったようにまったく思い出せなかった。「故郷はどうだい?そろそろ僕が必要かな?」と彼は言った。「そうだね、君が居ないとやはりうまく眠れなくてね、意識が身体からなかなか離れていかないんだ。すうっと入ったと思ったらまた戻されるんだよね」と僕は言った。自分の意思で眠ることは難しい。覚醒と混濁の“はざま”は、製造日の刻印が削られたヴィンテージ時計のように、まどろっこしく曖昧だ。“眠れてたかどうか分からない”のだ。彼は「ははは、大抵の人は僕(睡魔)の姿を認識することなく眠りにつくからね」と言った。「なるほどね。ところで…」「もちろんだよ、目的地までゆっくり眠るといいよ。僕が__」…彼の言葉は最後まで聞き取れなかった。そしていつものように音も無く僕を連れ去って行った。
発車のベルと同時に彼が現れ、やあ、と声を掛けてきた。それに対し僕も、やあ、と返す。彼はボタンダウンのシャツにキチンとネクタイを締め、黒いベストにグレイのパンツというどちらもウールのような素材の格好で、僕の横に腰を下ろしていた。そういえば彼の服装をまともに見たのは初めてかもしれない。僕はこの前どうだったかな、と思い出そうとしたが、暗いモヤがかかったようにまったく思い出せなかった。「故郷はどうだい?そろそろ僕が必要かな?」と彼は言った。「そうだね、君が居ないとやはりうまく眠れなくてね、意識が身体からなかなか離れていかないんだ。すうっと入ったと思ったらまた戻されるんだよね」と僕は言った。自分の意思で眠ることは難しい。覚醒と混濁の“はざま”は、製造日の刻印が削られたヴィンテージ時計のように、まどろっこしく曖昧だ。“眠れてたかどうか分からない”のだ。彼は「ははは、大抵の人は僕(睡魔)の姿を認識することなく眠りにつくからね」と言った。「なるほどね。ところで…」「もちろんだよ、目的地までゆっくり眠るといいよ。僕が__」…彼の言葉は最後まで聞き取れなかった。そしていつものように音も無く僕を連れ去って行った。