これは今は私の娘のところにある元々は私の叔母のものだった雛人形。
おそらく土鈴と同じ様な素焼きへの絵の具塗り。
祖母と長男である私の父がまだ8歳、次男の叔父、末妹の叔母は6歳位と3歳位な頃、時は1945年。一家は神田に住んでいたそう。3月10日の東京大空襲の時に祖母は火の中を叔母を抱え父は叔父の手を引き逃げ惑ったそう。比較的裕福だったので戦時下ながら控えめに飾っていた雛人形も家も焼かれて何も残らなかったと聞きました。敗戦を迎えた翌年、父と叔父は焼け跡を逞しく駆け回る中、闇市でこの小さな土雛を見付けたそう。雛人形も焼かれてしまった妹の為にと祖母にねだったかどうしたのか、ともかくこの土雛達が実家に来ました。やがて実家から嫁いだ叔母宅へ行っておりましたが姪の私に女児が生まれたと聞いた叔母が渡してくれ、更に私の孫娘達へ譲られての今です。闇市で見付けられた時点で既に骨董っぽい風情だったとの事。
レトロ枠ですね。
これは今は私の娘のところにある元々は私の叔母のものだった雛人形。
おそらく土鈴と同じ様な素焼きへの絵の具塗り。
祖母と長男である私の父がまだ8歳、次男の叔父、末妹の叔母は6歳位と3歳位な頃、時は1945年。一家は神田に住んでいたそう。3月10日の東京大空襲の時に祖母は火の中を叔母を抱え父は叔父の手を引き逃げ惑ったそう。比較的裕福だったので戦時下ながら控えめに飾っていた雛人形も家も焼かれて何も残らなかったと聞きました。敗戦を迎えた翌年、父と叔父は焼け跡を逞しく駆け回る中、闇市でこの小さな土雛を見付けたそう。雛人形も焼かれてしまった妹の為にと祖母にねだったかどうしたのか、ともかくこの土雛達が実家に来ました。やがて実家から嫁いだ叔母宅へ行っておりましたが姪の私に女児が生まれたと聞いた叔母が渡してくれ、更に私の孫娘達へ譲られての今です。闇市で見付けられた時点で既に骨董っぽい風情だったとの事。
レトロ枠ですね。