「古民家の暮らし」コンテスト開催記念〜旧白洲邸「武相荘」 館長 牧山圭男さん インタビュー!〜

「古民家の暮らし」コンテスト開催記念〜旧白洲邸「武相荘」 館長 牧山圭男さん インタビュー!〜

  木の質感や畳の香り、障子から入ってくるやわらかな日の光… 日本家屋が生み出す空間はやはり落ち着く物ですよね。 今回は11月からRoomClipで開催されている「古民家の暮らし」の写真投稿コンテストを記念して、旧白洲邸「武相荘」館長であり白洲次郎さん、正子さんの長女桂子さんのご主人でもある牧山圭男さんに白洲ご夫妻の民家での暮らしや、そこからご自身が感じた古民家の魅力を伺いました。
武相荘の写真 
▲写真奥、茅葺き屋根が美しい武相荘 ↓応援してもらえると嬉しいです↓ にほんブログ村 インテリアブログへにほんブログ村 インテリアブログ 素敵なインテリアへ   RoomClipの無料アプリのダウンロードはこちらから →App StoreGoogle Play
武相荘の写真 
▲敷地内には約100年前のヴィンテージカーも  

■白洲夫妻が武相荘に移り住んだ経緯

-----こちらの武相荘は、白洲次郎さんと正子さんご夫妻が戦時中に越してこられ、晩年まで住まわれたお宅ですが、どういった経緯でお二人はこちらに越してこられたのでしょうか? 彼らのバックグラウンドっていうのから掘り起こせば、正子は鹿児島出身の伯爵の孫であり娘であったことから、幼少時代に御殿場の広大な別荘地に行く機会があり、そこで馬に乗ったり、富士の裾野の自然や周辺の古い民家やその人々の田舎暮らしというものに幼い頃から馴染みがあったのです。一方、次郎はというと、小さい頃から自分の家でにお抱えの大工さんがいるような環境だった。なので、その大工さんの仕事ぶりを見て、色んな道具を使うことや家を作るっていうことに興味を持つようになった。その後イギリスに留学した時に上流階級の伯爵たちと友人になったことで、彼らタウン・ハウスとカントリー・ハウスを待つ暮らしにも憧れを持ったのかなと思います。これが二人が武相荘に移り住むことになったロマンティックな側面の理由です。 それが背景にあった上で、実は戦争に巻き込まれたという現実的な理由もります。当時二人は東京の文京区に家を構えて住んでたのですが、彼らは親が代々外国暮しをしていたことから、海外の友人を通じて色々な情報をかなり正確に知っていたし、本人達もアメリカやイギリスに留学していたから、国続きの戦争っていうものの悲惨さを良く知っていた。なので二人はこの後日本が悲惨な状況になる可能性を想像して、食糧も自給自足で調達でき、なるべく平和に暮らせる農村を昭和15年頃から探していた。そんな中たまたま縁があって、老夫婦が暮らす茅葺きのこの家を見つけたんです。当時40歳そこそこで英国人流に早期退職していた次郎はその退職金でそこを買い取りました。周りの敷地や前の田んぼ、畑も手に入れ、当時はまだボロボロだった家を少しずつ直しながら住む予定でいました。しかし、空襲が始まり、予想より早い段階でここへ移ることになったそうです。 二人がここへ越してきた理由はこのようなロマンティックな側面と合理的な理由があったのだと思います。 -----なるほど。現代の人が古民家の暮らしに憧れるようなロマンティックな想いだけではなく、時代的背景などもあって、行き着くところに行き着いたといった感じなんですね。 そう、ごく自然にね。何が何でも古民家とかそういうんじゃなかったと思います。でも、もちろんそういった所に大いに馴染みはあったんでしょうね。
武相荘 
 

■武相荘にはかつて暖炉が

-----白洲ご夫妻は新しいものを積極的に取り入れていった方々だったと思うのですが、例えば武相荘にはそういった新しいものを取り入れた部分はあるのでしょうか。 新しくしたものは、実はほとんどないんです。彼らは明治生まれですからね、モダンなものは嫌いな人たちじゃないし、色々な新しい道具というものに対しては非常にチャレンジャブルな人たちではあった。だけど、この住まいや暮らしに関しては、戦争中で物がなかったということもあるかもしれないけれど、うんとモダナイズしたってことはない。水洗式のトイレだとか、そういうことはありましたが。あえて言うなら、萱葺き屋根の土間をタイル張りの床暖房にしたところでしょう。 というのも、引っ越した当初はそこに暖炉を作って、暖炉を焚いてた。煙突もちゃんとあってね。ところが煤が溜まったりしてだんだんと危なくなってきて、正子が「こんなの煙突を掃除しないと煤が溜まって危ないわよ」と注意していたんだけれど、次郎は「そんなの大丈夫だ」と言って聞かなかった。そうしたらある日小火が起きてね。それで、ほらみたことかと夫婦の言い合いの末、結局暖炉は撤去することになった。そうだな、僕らが結婚する頃だから昭和1965年頃かな。その末、土間にタイル張りにして、床下暖房に変えたんです。 -----床下暖房とは、当時ではだいぶ珍しいものですよね。 まあ、非常に新しいというか、韓国のオンドルはいざ知らず、日本ではあんまり無かったでしょうね。
武相荘床暖房 
▲タイル張りの床暖房になった土間  

■古い物を取り入れ、落差を楽しむ

-----白洲ご夫妻のそんなエピソードを伺えるとは思っていませんでした!違う人間同士が共に暮らすと色々なことがあるんですね。牧山さんご自身も、(白洲夫妻の長女)桂子さんとご結婚された時に、桂子さんがたくさん骨董品をお嫁入りの道具で持っていらして当初は「これのどこがいいんだろうか?」と感じられたそうですが、白洲ご夫妻や桂子さんと過ごされる中で、ご自身の住まいに対する考え方とか、古いものを長く使っていくといったことに対する考え方などに何か影響があったのでしょうか? そうですね。僕の祖父は洋館に住んでいて、僕自身も洋館で育ちました。なので、どちらかというとモダンなのが好きでしたね。最初に住んでいた家は確か畳の部屋が二つくらいあったんですが、その後はフランスで建築を学んで帰ってきた母方のいとこの設計した畳の部屋のない家に住んでいましたからね。 なので、古いものに対する特別な気持ちなんかは当時あまり無かった。骨董というものに対しても、全く興味なかったわけではないけども、そこまで関心はなかったですね。 だから、結婚した頃そういうものを見て「なんて汚ねえもんだ」と思っていたぐらいでしたが、やはりどこかに多少そういう素養があったんでしょうね、すぐそれに染まって、僕も骨董好きになりました。それから古いものも結構集めるようになって、夫婦で一緒に家具を買ったり、モダンなものの中に古いものを取り入れてみるみたいな…そのなんていうんだろう…「落差を楽しむ」みたいなことをしていましたね。 -----そうなんですね。私は骨董などあまり詳しくないので、一体、どういったものに価値があるのか、なかなかわからないのですが…好きとか嫌いという判断はできるのですが… 正子ははっきりと「最後は好き嫌いだ」って言っていますね。 ほとんどのこと好き嫌いで判断していいんだけど、その時にちゃんと基礎学習があっての上で選んでるのかというのは重要かもしれませんね。 何にも勉強しないで、ただ「これ好き」とか「嫌い」とかって言ってじゃだめなんじゃないかと思うんですよ。それはそれで一般的には別に全然構わないと思うのですが、自分なりの知識があった上で、それ好きって言えれば、それは確かな事に繋がってくると思うんです。 -----基礎学習というのは、例えば骨董に関していえばどういったことなんでしょうか? 「たくさん見ること」と正子は言っていましたね。僕は学校の勉強みたいな、本を読んだりするのは大嫌いだったけれど、正子と次郎が偉いのはね、本をたくさん読んでいたところですね。昔の人は本当にたくさんの本を読んでいた。だけど、たいていの人は残念ながら本が好きだから本を読んで、活字的な文化しかわからない。手にとって見るんじゃなくて、これはいつの時代のものだとかという能書きは言えるけれども、生活の中に取り入れるってことができない人も多かったと思います。だけど正子たちは生活の中にさっさと、基礎学習なんてひけらかさないで、普通に「好き」とか「嫌い」っていう顔をしてぽんと選んで、楽しんでいた。
武相荘書斎 
 

■古い物の持つ「生命力」を活かし、自分達の時代や生活感にマッチさせる

-----今、若い方でも古い民家を探して、そこを自分で手直しして住みたという方が沢山いらっしゃると思うんですけれども、そういう人たちがそういったところでの生活を楽しむ為の何かアドバイスみたいなものはあったりしますか?
ご本人写真 
  さっきの話にも繋がりますが、骨董品や古い物の何がそんなにいいんだって話になりましたよね。ひとつの答えはね、時間が経ってるっていうことなんですよ。古い物っていうのは時間を経ている。 その時間の中で火事があったり、戦争があったり、焼き討ちにあったりと、色々な歴史の中を生きてきたものなんです。そこにずっと生きているっていうことは、人間と同じで呼吸をしている。日本の建築は木造でしょ?ヨーロッパの石の文化も素敵だけど、脆い木造だからこそ、時代の波風にさらされながらも呼吸をして、今まで存在してるってことに価値がある。 かっこよくいえば、時代の波にさらされて生き残っているっていう価値があるんです。よくないものだったら壊れている。 骨董品の茶碗なんかにしても、古い人が見立てて「これは素敵な茶碗だ」と代々大事にする。次のそれを手に入れた人も、「あ、素敵だ」と思って大事にする。それがもし、途中で「良くないものだな」と思われたり、壊れたら今はそれは存在していない。何人もの人たちが、これは綺麗だ、いいものだって思って、大切にするから生き永らえる。それはそこに生命力があるってことですよ。それが骨董であり、本来の古民家なんだろうと思うんです。 なので、アドバイスをするとしたら、古くからあった古民家を解体して持ってきて住むっていうのを色んな人がやってるんだけれど、できれば、あったところ、あるいは同じような方向、同じようなシチュエーションで住んで欲しいよね。それはそこにそれだけ生き残った意味があるから。だけど、そんな贅沢言ったってしょうがないから、そのできた梁とか、窓枠とかいろんな建具とかそういうものの味をやっぱり生かして住んで欲しいっていうのはある。だからそのまんま移してじっとしてるっていうんじゃなくて、その味を生かして、自分達の時代に合った生活感にどうマッチさせ、自分たちの個性を出せるかっていうのがポイントなんじゃないかな。   ==================================================== 何十年、何百年と生き残った生命力のある物たち…わたしたちは今後そういった物をどれだけ残していけるのでしょうか。 「武相荘」館長 牧山圭男さん、楽しいお話ありがとうございました! ==================================================== RoomClipの無料アプリのダウンロードはこちらから →App StoreGoogle Play RoomClip「古民家の暮らし」写真投稿コンテストはこちら →「古民家の暮らし」コンテスト 旧白洲邸「武相荘」公式ホームページはこちら →旧白洲邸「武相荘」公式ホームページ

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