昔好奇心から寺跡に住んでたとき
引っ越して間もないころ おばあさんが高箒を いつもこの寺で買って貰っていたと暑い夏の日差しの中で三本かついで来られた。
新しくなった寺の場所は若者の足で15分ほど
おばあさんはお水を1杯下さいと言い とてもそこまでは歩いて行けないと一本一万円の高箒を三本15000円で全部買って貰えないかと 母に言ったそうな 気の毒になった母は三本15000円で買い取り
おばあさんはてを合わせて拝むように帰って言ったそうな
二本をお寺に差し上げ一本を我が家で使うことにした。
箒はしっかりとした造りで 今でも現役で頑張っている
ただ その話をした母は年金を使い果たしたと言い 私に請求したのだ!
おばあさんからは仏様のように拝まれ お寺にには感謝され なんだかなーと納得いかない気持ちを引きずり この家に越して来るときも棄てきれず連れてきた
その母も昨年 秋に亡くなり 箒を見るたび 腹立たしさは消え母の可愛い思い出となっている
昔好奇心から寺跡に住んでたとき
引っ越して間もないころ おばあさんが高箒を いつもこの寺で買って貰っていたと暑い夏の日差しの中で三本かついで来られた。
新しくなった寺の場所は若者の足で15分ほど
おばあさんはお水を1杯下さいと言い とてもそこまでは歩いて行けないと一本一万円の高箒を三本15000円で全部買って貰えないかと 母に言ったそうな 気の毒になった母は三本15000円で買い取り
おばあさんはてを合わせて拝むように帰って言ったそうな
二本をお寺に差し上げ一本を我が家で使うことにした。
箒はしっかりとした造りで 今でも現役で頑張っている
ただ その話をした母は年金を使い果たしたと言い 私に請求したのだ!
おばあさんからは仏様のように拝まれ お寺にには感謝され なんだかなーと納得いかない気持ちを引きずり この家に越して来るときも棄てきれず連れてきた
その母も昨年 秋に亡くなり 箒を見るたび 腹立たしさは消え母の可愛い思い出となっている